ドクンドクンと心臓が跳ねる音がする。

2月14日。
チョコレートに想いをのせて。
大好きなあの人にこのキモチが届きますように・・・。


  ―Love Situation


毎日歩く通学路。
見慣れたこの町並みも今日はなんだかいつもと違って見えて。
緊張で逃げ出したくなるのをこらえて、その場所で彼を待つ。
もうすぐテニス部の練習を終えてここを通るはずの越前を―――。

決めたんだ。
日に日に大きくなってゆくこのキモチ、バレンタインの力を借りて今日こそ伝えようって。

いつから好きになったかなんて分からない。
図書委員ではじめて一緒になった時、「あぁ、うわさのテニス部スーパールーキーだ。」としか思わなかったのに。
偶然、同じ日に図書委員の仕事をすることになって。
偶然、同じ日に家の方向が同じだったから一緒に帰って。
そういうことが何度かあっただけ。

一緒に仕事をしていても、一緒に帰っても
無口でクールな越前とは会話らしい会話なんてなくて。
二人の間を流れるのは必要最低限の業務連絡と空気みたいな沈黙だけ。

それなのに。
図書委員の仕事のある日が待ち遠しくて。
越前と一緒じゃない日は図書館から見えるテニスコートの白い帽子の越前を目で追って。
休み時間には校内のどこかで越前に会えることを期待して。
日に日に大きくなってゆくキモチを自分の中に感じてた。

そして。
一緒に帰る何度目かの帰り道。
オレンジ色に染まる越前の後姿を追いかけて歩きながら、
あぁ、わたしはこの人のことが好きなんだ。と、なぜだかはっきり自覚した。

だから、決めたの。
越前にこのキモチを伝えようって。



「・・・越前。」
「あれ、あんた。」

突然声を掛けられて少し驚いた表情の越前。

「こんなとことで何してんの?」

越前の声に心臓がバクバクと音を立てる。

「越前・・・あの・・・。」

真冬の冷たさも感じられないくらい顔が熱くなっていく。
でも、ここまできたらもう引き返せない。

バクバクと最高潮に高まる心臓の音を感じながら
昨日の夜、心を込めて作ったチョコを越前の前に差し出した。

「・・・あのね・・・、これっ!!」

渡し方、何度も何度もシュミレーションしてきたのに
伝えたい気持ちも、それを伝えるセリフだってちゃんと用意してきたのに
いざその時になったら頭が真っ白になって
チョコを渡すだけでいっぱいいっぱい。
越前の顔すら見られない。

実際には数秒であるはずの沈黙が、やけに重い。


「・・・いらない。」

少しの静寂を破って、耳に届いた越前の言葉。

「・・・っ。」

一瞬、思考停止したように言葉の意味が理解できなくて。
次の瞬間襲ってきたのは、はじめて味わう絶望感。

こうなること、予想してなかったわけじゃない。
いや、むしろ受け取ってもらえなかったらどうしようってそればっかり考えてた。

だけど。
いくら覚悟していたからって、本当にそうなった時のショックがなくなるわけじゃない。


「・・・えっ・・・と・・・。」

頭の中をぐるぐると支配する絶望感に、次のコトバが出てこない。
涙がこぼれそうになるのだけを必死でこらえた。
ノドがつまったみたいに苦しい。


「・・・義理ならいっぱいもらったし。もらったっつーか、勝手にかばんの中に入ってたんだけど。
 俺、そんなにいっぱいチョコ食えないし。」
「・・・・。」
「だから、義理ならいらない。」
「・・・えっ。」
頭の中が急激に冷えていく。

義理だと・・・思っているの・・・?
わたしの精一杯の気持ち・・・。
日に日に大きくなって、放っておいたら胸の中で弾けてしまいそうなこのキモチ。

「ちがっ・・・。」

堪えきれなくて慌てて口を開く。
たとえ受け取ってもらえなくても、そんな風に誤解されるのだけはイヤだ。
このキモチを伝えられないままなんて絶対にイヤだ。

「義理・・・なんかじゃ、ない。」

越前の顔を見たら涙がこぼれてしまいそうで、下を向いたまま必死で絞りだした声。


「・・・っ!!?」

突然、越前の手がわたしの頬を包んだ。

「えち・・・ぜん・・・?」

冷たい越前の手。
驚いて顔をあげると、白い息が触れ合いそうな距離で目と目が合う。
全身が心臓になったみたいにドクンドクンと音を立てる。

なに・・・?
なんで・・・?
今、なにが起こっているの?

わたしの戸惑いを尻目に、越前は口を開いた。

「だったら、何?」
「えっ・・・?」

至近距離で越前の大きな瞳にまっすぐのぞきこまれて、頭の芯の方がクラクラする。

「義理じゃないなら、何?」


何って、そんなの決まってるじゃない。


「越前が、好き。」


考えるよりも先に、口からこぼれていた。

胸の中に燻っていた言葉。
ずっと伝えたかった言葉。
やっと伝えられた言葉。


次の瞬間。

「俺、嫌いなヤツとなんか一緒に帰ったりしない。」

そう呟いて、ニヤリと生意気そうに笑ったかと思うと。
ふわりと越前の腕に包まれた。

突然のことに、何が起こったのかよく分からなくて。
だけど、身体中に感じる越前のぬくもりと匂いだけがやけにリアルで。


「俺も。」

「えち・・・ぜん・・・?」


ドクンドクン。
越前の心臓の音が聞こえる。
ドクンドクン。
わたしの心臓の音が重なる。


「俺も、あんたが好きだよ。」



2月14日。
繋がったキモチとキモチ。
チョコレートの甘い香りに包まれて。


きっと今、わたしは世界一のシアワセモノ。



Fin


*   *   *   *   *   *   *   *   *

Happy Valentine's Day!!

2008.02.14