星も見えないかぶき町の夜空にぽっかりと満月が浮かんでいる。

スナックから漏れてくる酔っ払いの声を背中に聞きながら、万事屋へつながる階段をのぼった。
ガラガラと音を立てて引き戸を開けても中からは何の応答もなく、灯りのひとつもついていない。
靴を脱ぎ、真っ暗な廊下を進む。

「糖分」の書がかけられた部屋。
差し込む月明かりに照らされるようにソファに座ったあの人は、窓から見える真っ黒な夜空をぼんやりと見上げていた。


 ―夜空を宿す、儚い眼。


「やっぱりここにいた。」

静かに口を開くと、銀さんは少し驚いたように振り返った。

「・・・。」

「新八くんから連絡もらったの。そっちに銀さん行ってないかって。」
「・・・。」
「ひどい怪我してるのに突然いなくなったって、道場でみんな大慌てだって。」
「・・・・・・。」
「怪我だいじょうぶ?」
「・・・。」


無言のまま、銀さんは視線を窓の外に戻した。


銀さんの目には3種類ある。
普段の死んだ魚のような目。
大切なものを護ろうとするときの煌いた侍の目。

そして
世界中でひとりぼっちになってしまったかのような、遠くを見つめるさみしげで儚い眼。

稀にしか見せないその眼に気づいた日から、あたしは銀さんから目を離せなくなってしまった。
何があっても、この人から離れたくないと思った。

この人が何を抱えているかなんて、分からない。
白夜叉と呼ばれていた過去に何があったかなんて、知らない。

だけど、
きっとこの人は癒えない傷を心に抱えたままずっと生きていくんだってなんとなく思った。

あたしが癒してあげたいなんて軽々しく口に出来るほど生易しい傷なんかじゃないんだろう。
一生かかっても消えないかもしれない傷を抱えて、それでも誰かに寄りかかろうなんて微塵も思っていないだろう。

万事屋なんて商売で、誰かに必要とされることには慣れていても
誰かを必要とすることはできない人。

だけど。
だから。
必要とされなくても、鬱陶しがられても、あたしはこの人のそばにいたいと思った。

この人の背負っているものを一緒に背負ってあげたいなんて身のほど知らずなことは思っていないけど。

だけど
世界中でひとりぼっちだなんて、この人にそんなこと思ってほしくなんかない。

あたしはソファの前に跪き、傷だらけの銀さんの顔を両手でそっと包んだ。
銀さんの瞳は窓の外を見上げたまま動かない。

なんて儚い、真っ暗な眼。


「聞いたよ、昼間の騒ぎのこと。」
「・・・。」

過激派攘夷浪士のクーデターを阻止するために、彼らが潜む船へと乗り込み、怪我をおしてまで戦って。

「紅桜とかいう妖刀を斬ったって・・・。」

その刀を使っていた人も、その刀を作った人も、
助けられなかったって・・・。


「・・・。」


突然、銀さんの眼が見たこともないほど冷たい色に変わった。


「わりーんだけどさ・・・今日はもう帰ってくんない?」

「・・・。」


「じゃなきゃ、今日の銀さん、何するか分かんねーよ・・・?」


深くて、冷たくて、何も映さない夜空みたいに真っ暗なのに 何も見えないその瞳から涙が一滴こぼれたように見えたのは、あたしの気のせいだろうか。


「・・・いいよ。」
「・・・は・・・?」

「いいよ。銀さんになら何されても。」


そう言うや否や、銀さんのふわふわの銀髪をギュッと胸に抱きしめた。


銀さんの孤独がほんの少しでも紛れるのなら、何されたっていい。
だけどそれでも、そんな眼をしたあなたをひとりになんてさせない。


「・・・後悔しても知らねーぞ。」


その言葉を合図に、強引にソファに押し倒された。
身体の上に跨って、唇に吸い付き、荒々しく口内を犯される。
片方の手は着物の中に進入し、激しく胸を弄る。
冷たい、温度の無い手。


「・・・んっ・・・ふ・・・ぅ・・・。」

銀さんにそうされるのは初めてじゃないけど。
見かけによらず、そうゆう時銀さんはいつも優しい。
激しくても、ちゃんと優しい。

だけど、今日の銀さんは違う。
雄々しくて、荒々しくて、そこに愛なんかはなくて。
あたしじゃなくたって、きっと誰だっていいんだ。

銀さんの心を支配する何かから少しでも逃れられるなら。


「・・・んっ・・ふっ・・・ん・・・」

舌を絡めとられて、口内を攻められて、息が出来なくて意識が朦朧とする。
さすがに苦しくて、銀さんの背中をドンドンと叩いて訴えると、
唇を離した代わりにはだけた着物を完全に脱がされ、下着を外して、今度は胸の突起に吸い付かれた。
激しく吸われ、嬲られ、歯を立てられる。

「・・・やっ・・・いた・・っ・・・。」


何されてもいいなんて言ったくせに、抵抗の言葉を発してしまう口に我ながら呆れてしまう。
だけど、きっとそんな声も銀さんの耳には届いてないんだろう。
あたしを抱きながら、きっと銀さんはひとりで真っ暗な場所にいる。

銀さんの心に渦巻いているものが
その真っ黒な瞳に映っているものが
過去の記憶なのか、
孤独なのか、
罪悪感なのか
空虚感なのか
自己嫌悪なのか
そのすべてなのか。

そんな陳腐な言葉で片付けられるような軽いものなんかじゃなくて、全然別の何かなのか。

あたしには分からない。
知る術もない。

だけど、
行き場のないその想いが、ひとの体温でほんの少しでも融けていくのなら。
あたしをその道具にして構わないから。

あなたをひとりぼっちになんかさせやしない。


「・・・んっ・・・銀・・さん・・・。」


銀さんの手は下半身に伸び一気に下着を剥ぐと、自分の着物も脱ぎ捨て
膝裏を抱えて、勢いよくあたしを貫いた。

「・やっ・・・いた・・っ・・あっ・・あぁっ・・んっ・・あっ・・・・く・・っ・・・ふっ・あっ・・あ・・・。」

まだ充分に湿っていなかったそこは、銀さんを受け入れるにはまだ早くて
脳天まで突き抜けるような痛みが襲う。
涙が滲む。
だけどそんなことお構いなしに銀さんは激しく腰を動かしつづける。
真っ暗な眼は冷徹にあたしを見下す。

痛くて、辛くて、苦しくて。

だけど、
これが銀さんの心を少しでも融かすための痛みなら、その儚い瞳を護るための痛みなら、あたしは喜んで受け入れよう。

たとえその眼にあたしが映っていなくても、構わない。


「・・んっ・・・あっ・・あっ・・・やっ・・・あぁっ・・・」

グチャグチャと水音が部屋に響く。
痛みが徐々に快感へと変わっていく。
全身が粟立つ。
目の前が真っ白に霞む。

限界が、近い。


「・・あぁっ・・・あっ・・・んっ・・や・・・あっ・・あぁぁっ・・・!!」

無我夢中で腰を振る銀さんの肩を力いっぱい抱きしめて、あたしは意識を手放した。

「・・・くっ・・・。」

耳元で銀さんの切ないうめき声を聞きながら。



どれくらい眠っていたのだろう。
目が醒めると、銀さんの着流しを掛けられてソファに寝かされていた。
相変わらず灯りはついていなくて、銀さんは真っ黒な夜空をぼんやりと見つめていた。
あたしの髪を力なく撫でながら。

その眼はやっぱり真っ暗で儚くて。
きっと何も映さない。


「銀・・・さん・・。」
「おぉ、起きたか。」
「ん。」
「なんか悪かったな。」
「・・・ん。だいじょーぶ。」


あたしを見つけた銀さんの目がいつもの色に戻った。


「そろそろ戻るか。じゃねーと、新八やら神楽やらお妙にボコボコにされちまう。」

ガシガシと銀色の髪の毛を掻きあげながら、立ち上がる。
いつもの銀さんだ。


「ほれ。行こーぜ。」

差し出された手に、そっと手を重ねる。
あったかくて、すべてを包み込んでしまうような大きな手。

その手の温度を
その儚い眼を
護るためなら何だってする。

だから、世界中にひとりぼっちだなんて思わないで。


満月の薄明かりに照らされながら、重ね合わせた銀さんの手をギュッと握りしめた。


fin...

*   *   *   *   *   *   *   *   *


紅桜編の日の夜、新八の家から抜け出してきた銀さんという設定。
剣を振るって戦った日の夜は、自分でも抑えられない何かに支配されて、
銀さんが銀さんじゃなくなっちゃえばいいと思う。

(2008.01.19)